[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
で、昨日は校区の運動会でした・・・。
運動はきらいではないけれど、この異常な暑さの今、なぜ運動会・・・orz
死人が出るんじゃないかと思いました。
ものすごい暑さ・・・そして運動場って場所は日陰がない!
運営係の人もイライラしててなんだか粗雑なまとまりない運動会でした;
昔はこの時期こんなに暑くなかった。むしろ台風で中止なんてことのほうが多かったような。
近年続いている異常気象も念頭に入れて、運動会の時期を少し見直して欲しいと思いました。
医務室、人多すぎ!!><;
医務室だけクーラーかかってるのよね~。
学校の運動会が5月だったけど、前倒しの猛暑日で大変だったし。
今度は残暑というかまだ夏が終わっていないんじゃないか?という暑さ。
運動場には立っているだけでめまいがしそうな熱気・・・。
空気がもわっとしているんですよね・・・><
天然サウナですよ、ほんとに。
そんなことを考えながら、ふと思ったのですが。
なぜ、校区や地区のイベントは運動会が多いの?
文化系や室内競技なら負ける気がしない私なので、そういう大会であれば率先して出ますが!!!w
いっそのこと過ごしやすい時期に変えると共に、競技内容も変更して欲しいくらいです。
カードバトルとかベイブレードとかでもいいし。
百人一首やかるたやクイズならもっといいし(得意分野だけか・・・)
日本人は全員ドMですかね・・・。
額に汗して体に鞭打って無理してでも「大丈夫ですぅ~」っていうのが美徳なんて・・・そのうち廃れると思う。
既にゆとり世代が親になっている時代なんだから。。。
そして私は1日遅れの筋肉痛なのでした。
熱中症のニュースをよく見ます。
だから、敢えて虐待ニュースが連日続くことを、書かずにいましたが・・・酷すぎだと思いました。
3歳と1歳の子が餓死させられた(衰弱死というのでしょうか)ニュース、ここ毎日ですね。
確かに母親、最低ですね。
あんなにかわいい格好して風俗で働いて自分だけがそのお金で飲食、そしてホスト遊びですか・・・。
「母親」ではないですね「鬼」ですね。(鬼にも失礼ですね)
しかし、子どもを虐待で死なせた罪というのは軽すぎるもので、数年したら出てくるそうですね。
子どもの命の重さってないんですかね?
どんな事情があれ、相手が自分の子どもだとしても(というかわが子だから尚更残虐です)殺人罪、極刑適応しなければいけないんじゃないかな、と思います。
個人的には「同じ思いをさせ、そのうえでの刑罰を受けよ」と思いますけど。
子どもに火をつけた親には同じように火をつけたらいいと思う。
暑い部屋に放置し、餓死させたのなら、猛暑の中で食べ物も飲み物も与えず過ごさせたらいいと思う。
ここまで書くと、自分の人間性を疑ってしまいますけれど・・・。
殺すくらい邪魔に思うのなら、せめて子どもが生きられるための知識くらい仕入れて欲しかった。
親になる人間は、もっと責任を持つべきだし、子どもにとって最善を考える知恵が必要なんじゃないかな。
若いから仕方ない・・・なんて、もう言い訳でしかないでしょう。
若くして親になってもしっかり育児している人、たくさんいるし。
それから、当事者ではなくても私たちにも通報する義務があります。
どこまでを虐待と思うかは個々で差が出ると思いますが、子どもが辛い目にあっているのでは?と疑われる場合、周囲がもっと目を向けてその命を守らなければいけないと思いました。
いつも思うのですが、こうした義務が市民にあるのに、行政や警察は見逃していても罪を問われないのかな?
今回のケースでももう一歩踏み入っていれば、もう少し早く見つけてあげていれば・・・と思ってしまいます。
オレンジリボン(こども虐待防止運動)のサイト、参考までに。
http://www.orangeribbon.jp/index.php
ひとつでも、多くの命が失われないように・・・。
私自身が世界情勢や環境問題、歴史や文化などに興味があり、そういったドキュメンタリー作品が好きでよく見ています。いつか息子にも知ってほしいと思います。
そんなわけで一番分かりやすいかなと思って、うちではペットボトルのキャップ集めをすることにしました。
息子が小学校に上がったときくらいからはじめたので、結構な数を送ってきました。
息子も最初はよくわからないまま、キャップだけを入れる箱を家に用意して「そこにキャップを入れること」が楽しみだった様子。
しかし最近、人に説明できるようになっていてビックリしました。
「キャップをたくさん集めると、赤ちゃんたちが死ななくてすむんだよ」
ちょっと内容は大雑把ですが「なぜ、集めているのか」がわかっているだけ感心しました。
実際、800個で1人分のポリオワクチンになるそうです。
800個って800本のペットボトルってことですが、親戚や友人に話しておけば意外とすぐ集まるものです。
1人でも救えるのなら。
ボランティアが偽善だと言う人もいるけれど、やらない人から言われるよりは黙ってやるほうがいい。
募金となるとなかなかすぐには出せないけれど、ペットボトルはゴミにしないで集めることくらいできる。
大切なのは、そうして世界が繋がっていることを、子どもにも感じてもらうってことかもしれません。
どこの国でも、子どもは宝だと思って欲しい。
「みんなで一緒に遊べない子」がいます。
どちらにも共通しているのが、習い事だらけの毎日で週に1度しか遊べないということ。
しかも家にいる間はピアノや勉強をしていなければならないらしく、遊ぶ場所ほしさにウチに遊びに来ます。
でも、そりゃさすがに息子も困り果てて、
「ひとりでDSやるなら帰ったら?」
と言ってしまった・・・。(いや、よく言った!と思ったけどw)
そうしたら途端に泣きついてきて、うちの息子に「一緒にDSやろうよ~」「このステージクリアできないからやって~」「あのアイテムとって~」のクレクレ攻撃が始まりました・・・。
息子と他に遊びに来ていた友達は唖然・・・。
そして息子たちがみんなで外へ遊びに行こう、と誘っても
「いい!ボクはおうちでDSやってるから行って来て」
・・・って、おいおい。ここはお前のうちなのか!?
大人が入るのもどうかと思いましたが、私もみていてちょっと・・・と思い、
「ウチはゲームするための場所じゃないよ。みんなで遊べない子はおうちに帰って」
と言うとすご~く媚びた目をして
「やだやだ。うちに帰ったらピアノやんなくちゃいけなくてゲームさせてもらえないもん」
と、とにかく人をどんだけ困らせるのが得意なのか・・・;
そもそも、DSやらせないんならなぜそこの親は買い与えたんだろう;;
仕方がないのでその日は時間を分けて先に帰るというその子のゲーム遊びを30分だけする、あとは近くの子ばかりなのでみんなで近所の公園に遊びに行く・・・という段取りだけつけさせました。
だが!!
ぜ~んぜん帰りません・・・。
「もう時間だから帰ったほうがいいよ。それにうちもそろそろご飯だから、DSやりたいんなら公園でやったら?」
と、ちょっとキツいだろうと思ったけどそう言って帰ることを促したのですが
「お母さんにお外でDSやっちゃだめだって言われてる」
はぁ!?知るかー!!
お外はダメでよその家でやるのはいいのか~???
もういい、帰れ。そしてもう来るな。私はただでさえ子どもは苦手なんだ。
ワガママな子はもっときらいなんだ!(わが子のワガママはかわいいけどw)
あとでその子のおうちとお母さんを知ることになったのですが、すっごい大きい家・・・うちの10倍くらいお金持ちです、ってカンジでした・・・。お母さんは感じのいい人だったけど。
「うちの子、おとなしくてお友達がぜんぜんできないの。良かったらまた遊んで下さい~」
とにこやかに言われたけれどーーーーー・・・いやだー!
ていうか、おとなしいから友達ができないんじゃないと思います。
そこらへん、わかって・・・;
自分が一番先、自分を優先してほしい、その態度が良好な人間関係作れない原因でしょ。
塾、ピアノ、そろばん・・・それよりきちんと教えておかないといけないコトあるよね。
「使えない」って言われないように・・・。
長男、長女によくありがちな育てられ方かと思うのですが、
「あんたはしっかりしてるし、何も心配しなくても大丈夫だって信じてる」
って・・・言われたことありませんか?
私はまさにコレ言われ続けて、弟をずっと憎んでいました。
(今でも心のどこかにトゲのように刺さっていて素直に「しっかりしてる」を受け入れられません)
「しっかりしている」と言われたら、子どもは親のその言葉にプレッシャーを感じながらも、そうあらなくてはならないと自分を責任感でガチガチに作っていきます。
「しっかりしてる」から、他の子や弟が当たり前のようにする失敗もしちゃいけない。
冷静にしていると今度は「子どもらしくない」と言われる。
小学生の頃の通信簿に書かれました。
「さめていて、子どもらしいところがない」と。
だって甘えたら「しっかりしてない子」になってしまうから、居場所も役割もなくなっちゃうでしょ。
勉強はそこそこできなきゃいけないでしょ。
読書感想文や絵画でもやっぱり賞をとるのは「あたりまえ」でしょ。
弟がちょっと賞でもとったら「すごいね~!えらかったね~」なんて褒めちぎるくせに。
私はほったらかされた子どもでした。
それでも褒められたくて、一言でも「がんばってるね」と言われたくて。
イヤな弟の面倒もみたし、自分が「やりたいこと」よりも「親が望むこと」を優先したつもり。
ストレス抱えた子ども時代のクセは今でも治らない。
気づくといつも歯を食いしばっている・・・。
私が一番甘えたいときに、抱っこしてくれた、おんぶしてくれたのはお祖母ちゃんで、私はその背中から遠巻きに幼い弟を囲む両親を見て
「この3人が本当の親子だ。私だけが違う」
という気分になった。
だからお祖母ちゃんがすごく好き。
そして、私にお母さんはいません。
実際にいるのに、距離があると今度は近づくことが難しくなるものですね。
大人になってから取り返そうとしても、それはもう不可能に近いこと。
私は息子にとって「大好きなママ」でいられるかしら。
精一杯、抱っこもおんぶもお話もするよ。
今度は私が親として「愛される力」を試されているような気がします。
愛することよりも、難しいのだと思います。
| 12 | 2026/01 | 02 |
| S | M | T | W | T | F | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | ||||
| 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
| 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
| 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
| 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
にほんブログ村
↓まるでぃにメール↓

